三線と南国の唄、事始め

『♪私があなたに惚れたのは、ちょうど、28の初夏でーした〜♪』
っと。
名曲「十九の春」のパロディから始めてみました。


今日は、三線を弾き始めたことについて話をしてみましょうね〜。


ま、結果的にいうと「必然という偶然」でしょうね(笑)。
長くなりますが、


ぐすーよー、ゆたしく読みそーりー。
(みなさん、読んでくださいね←微妙に違ってるかもw)



2009年の4月、体調を崩して休職してました。
もともと旅行好きだった私。

突然の”なにもしなくてもなんくるないさ〜”な日々に、
某大手旅行会社の積立プランに貯まっていた
旅行資金で、竹富島へ行こう(これは南Q太さんの影響です)。
と思い立ったのです。


5月。
石垣島に着きました。

フェリーに乗って10分、竹富島に着きました。

初めての地なので、新田観光さんにお世話になりながら
三線を手にした御車さんの水牛車に乗りました。


おじさんは安里屋ゆんたと新安里屋ゆんたを、
集落のなかをゆらり、のたりと進む水牛車の上で
歌っていました。


八重山地方、梅雨入りの前日の話。
暑い空気の中で、流れる時間がまったく違う。


水牛車を降りたあと、水牛の「ちゅらくん」と記念撮影
した私の笑顔は、自分の目にも、柔らかいものに映りました。


次の日は小浜島で梅雨入り。
スコールに遭いながらも、浜まで辿り着き、2時間夢中で
貝を拾ったり、ヤドカリを追いかけたり。
日焼けして、疲れてお昼寝したり。


その旅が、南国にはまるきっかけとなったのでした。


石垣空港でも、島々でも、那覇空港でも、
いたるところで三線の音色は響きます。

東京に帰っても、あの音色と空気を忘れられることが
できず、三線をインターネットで購入しました。


東京は、音を出せる場所が少ない。


小さな音で弾くことに満足が行かなくなった頃、
自分の畑で、作業の間に三線の練習をしたり、

夏には日比谷野音の「琉球フェスティバル」に参加?(笑)
したりして、

微熱と高熱を繰り返しながら今に至っています。



今、沖縄民謡(八重山民謡というのが正しいんだろうな)
一番好きなのは「月ぬ美しゃ」です。


それから、奄美大島、徳之島、徳之島の唄、人々に出会うのは
もう少し、あとのお話。